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ほぼ日刊イトイ新聞

2024-05-03

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・また唐突な付け焼き刃「論語」なんですけどね。
 「君子は和して同せず。
 小人は同して和せず」
 って、つまり、徳の高い人は「和」するんですね。
 「和」とは、やわらぐ、なごむ、なかよくする、争わない、
 というようなことです。
 で、「和」するけど、「同」はしないんですよね。
 「同」とは、同じってことだから、
 同せずっていうことは、同じにならないという意味です。
 ものすごく当たり前のことを言ってるようですが、
 そうでもないということが、
 小人は同して和せず、という対比でわかります。

 なんてことを読んでいて、ふと考えたのですが、
 これは、「ほぼ日」が創刊時から言っている
 「Only is not Lonely」じゃないか、と。
 人は、それぞれ代えがたいひとり(Only one)だけど、
 それは孤独なひとり(Lonely one)じゃないよね。
 そんな意味のオリジナルなことばでした。
 どうしたって、ひとりは、ひとりなんです。
 生まれるも死ぬも、ひとりで生まれひとりで死ぬ。
 どれだけべったりくっついていても、ひとりはひとり。
 だけど、ひとりと、他のひとりが「和する」ことができる。
 ひとりと、ひとりたちが、互いに
 思いやり合ったり助け合ったり、考えをひとつにしたり、
 ひとりぼっちじゃできないことも、できるんですよね。
 このことを、最初にそう考えてことばにしたとき、
 なんか「そうかぁ、わかったぁ」という気がしました。

 で、いまになってまた、そういうことを、
 紀元前500年くらいに言ってた人がいたと知ります。
 同じ人が「温故知新(旧きを温めて新しきを知る)」
 ということを言ってますが、
 芯から人を納得させる考えというのは、
 だいたい昔の人でも、いまの人でも、どっちもが
 「そうだよなぁ」とわかることが多いんですよね。
 「論語」だの「俳句」だの、このごろのぼくは、
 たいがい老人の考えそうなことを考えていますが、
 その考えをもとに「デジタル後」の世界の
 スケッチが描けるんじゃないかと思ってるんです。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ずうっと頭のなかが忙しくしょうがないけど、元気です。


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